【被災地を観て・聴いて・考える=福島編】
               スタディ・ツア−に参加して

 宮城全労協が昨年に引き続き、企画した「被災地から学ぶ」です。
 野田政権の収束宣言から安倍政権の五輪との引き換え「コントロ−ルの下にある」宣言。
 そして、再稼動と原発の海外輸出攻勢へと、報道で見聞きすることと、現実との乖離が広がっています。

     
 法律では年間1mSvをこえてはならないとあり、その1時間あたりの限度が 毎時0,23μSvになります。事故直後、収束にあたるために内閣参与に任じられた小佐古さんが、20Svまでを許容せよとした政府方針に「自分の子どもにそういう目のあわせるのは絶対嫌!」と辞任した線量限度が、生活が可能とされている「避難指示解除区域」です。
 いつの間にか、政府によるすそきりがなされています。

福島での一日は「居住制限区域」と「帰還困難区域」に指定されている飯館村 浪江町を訪ねました。

 
ビニ−ルシ−トに括られた仮置き場の前の仮置き場  

 
大綱木(川俣町)仮置き場                      持参した線量計とほぼ同じ線量 確かに年間1mSvの範囲内


 今、問題としてある核種は放射性セシウム。半減期は約30年。事故前は低レベル放射性廃棄物といわれていました。除染はしなくてはなりません。だから増え続ける土塊を、焼却するなりしてカサを減らさないと置き場所がなくなります。カサが減って、放射能は濃縮され、世代をこえた管理が必要となります。
 将来の子ども達には、使ったことのない電気の遺産として残り続けます。

    
大綱木(川俣町)をでた処。 居住地域は除染したのに・・・超えている

 
途中立ち寄った郵便局  週40時間は働く職場で、ピンポンダッシュで帰れたとしても高すぎる
 
帰宅困難区域、長泥のゲ−ト前
    
ゲ−ト前の側溝 警備員さんにお聞きしたら、9時〜5時まで3交代で勤務されてるとのこと。みんな40歳を超えてるし、仕事だから
と話された。

  
役場 訪れた当日は祝日でしたが、業務は続いています。
精一杯の除染をしていても、基準の3倍の線量。大阪では公務員バッシングが続いているけど、同じ働く者として何ができるのだろう。
  

                           車窓から観た帰宅困難地域。瓦礫は放置。
                           田畑には外来種のセイタカアワダチソウが覆う。
  
(請戸)浪江の避難指示解除準備区域の住宅 車道は除染しているけど、敷地内は公的除染はなし。
  
一本松ならぬ一本杉   この地区は漁村として有名で、鮭の稚魚を放していました。来年には遡上してきます。
福島第一から直線距離で5km。風向きのおかげで線量は低い。
  
3・11から放置された住宅。             新しいお花が今も添えられています。
  
原発の交付金で建てられた小学校。
   
                             時計の針は津波で止まっています。
   
                                                   浪江・小高原子力準備本部は、【東北電力】が計画していた原発でしたが、
                                                   震災後、計画を断念しました。当然、以前から長い間の反対運動があったことも
                                                   その一因ですが。

漁業で生計をたてていた方々が、例え帰れたとして、時が止まったままの地で、どうやって生きていけというのか・・・。
過去40年、電力はこの地への原発立地をあきらめませんでした。
 
  
国は、放射能をおびた飼料を食べた家畜の殺処分を指示しました。第一原発の北西14kmで酪農を営む吉沢さんは、
牛舎につながれたまま餓死した牛の写真を手に「牧場の今」をご説明くださいました。
  
彼は、行政から許可を得て、全国から価値のなくなったワラをカンパとしていただき、野良となった牛たちのえさやりをつづけ
ておられます。「これから数年間、福島を蹴飛ばした国はオリンピック景気にわくだろう。被ばく覚悟の労働より単価の
高い仕事にひかれ、福島は忘れられていくかもしれない。誰かが答えをだすまで、賛成も反対もしないで、電気は必要
と言ってていいのか。それで、いいのか」と訴えられました。

  
                            めんこいお目々で、なついてきました。

  
カンパや街頭募金で、全国から集められたワラ。      見捨てられた命を、希望の命へ「希望の牧場」


 やはりというべきか、いまさら政府は「全員帰還」は断念と言い始めました。
 記事はこちらをクリック→困難区域は「移住を」