言いたい放題・もの申す   迷惑通信

             電通合同平出正人さん「言いたい放題・もの申す迷惑通信」より転送

  二度と再び繰り返さないため

 今回、初めて広島県竹原市の大久野島(昭和初期、日本地図から消された島)にも行き、あらためて戦争の悲惨さ、
平和の尊さ、生命の重さ
を痛感させられました。
 

 
   【阪神医療生協のメンバ−と共に】
 
     地図から消された島
広島県竹原市忠海から南方沖合い3Kmに位置する周囲4.3kmの大久野島。この島は昭和初期「地図から消された
島」でした。
戦時中、陸軍によって化学兵器の生産拠点として利用され、敗戦まで機密保持のためその存在は地図
から消されていました

日本が毒ガスを使用したということは、1984年まで日本では殆ど知らされていませんでした。化学戦の実態は慎
重に秘匿され、軍関係者以外の日本人は殆ど事実を知りませんでした。

 

 
 大久野島で製造された毒ガスや化学兵器を荷造りしたり、発送したり、保管したりした旧広島陸軍兵器補給廠忠
海分廠の関係者も被毒しています。さらに、大久野島で製造された毒ガスを砲弾や爆弾に装填する作業をしていた
北九州市の「東京第2陸軍造兵廠曽根製造所」の関係者も毒ガスに汚染され、同じように毒ガスのために慢性気管
支炎などで生涯苦しむことになりました。

戦後毒ガスの廃棄にあたった帝人三原工場の従業員までもが被毒しました。作業中の様々な事故による死者も、
関係各所で発生しています。

広島大学医学部第二内科研究室には被毒者の医療データが集められているといいます。「毒ガス島からの告発 
隠されてきたヒロシマ」辰巳知司(日本評論社)によると、1991年度時点でその数は6589人です。また、慢性気
管支炎とともに、被毒者を苦しめるもう一つの病に「がん」があります。被毒者の発がん率は異常に高いのです。

  
戦後、大久野島で毒ガスの処理に当たった英連邦軍が、島とその周辺で確認した毒ガスの原液は3600トン余り。総
生産量から差し引いた約3000トンが、戦地に送られたとみられます。中国政府が92年に国連へ提出した報告書で
は、中国に残る毒ガス遺棄弾は約200万発、毒性化学物質は約100トンにのぼり、ほとんど手つかずのまま遺棄さ
れて、現在に至っています。中国では、毒ガスの遺棄弾による被害が跡を絶たず、今なお、多くの問題を抱えて、遺棄
弾に悩まされ続けています。
  
 毒ガス兵器の製造は、関係者の多くを生涯苦しめる悲劇を生んだだけではなく、現在なお新しい
悲劇を生み出し続けていることを忘れてはなりません。

 
              =廃墟になった戦争の傷跡=
 今、大久野島は国民休暇村として開発され国民の保養地となり、往時を偲ばせるものは、僅かな
砲台跡・発電場・毒ガス貯蔵庫等、数少なくなっています。

 
 

   
         戦争の悲惨さを
         平和の尊さを
          生命の重さを
                この歴史を忘れないために
                  二度と再び繰り返さないために
                    いつまでも平和であり続けるために