もんじゅを廃炉へ!全国集会
 1995年のナトリウム漏れ事故の翌年から、21回にわたり「もんじゅを廃炉へ!全国集会」を行い、もんじゅの危険性を訴え、
全国に広めてきた運動が結実する日が近づいています。当日は記憶にないほど、晴れわたりポッカポッカ陽気の最後の現地集会?と
なりました。
 
政府は廃炉を決定すると同時に、核燃料サイクルの推進をかかげています。しかし、もんじゅでできなかったことを形を変えて出来よ
う筈もありません。見直すことができないという官僚制度の悪弊におちいっている現状です。近い将来サイクルそのものを見直す日も
近いでしょう。
 
着工から31年、臨界から22年、ナトリウム漏れから21年。1兆2000億の金を使い、不祥事の数々の末の結果です。廃炉が
完了し白木浜がさら地にもどるまでどれだけの年月がかかるか、今は不明です。「もんじゅ廃炉の申入れ」
 
 
 
                  もんじゅから数キロ先には、その昔ギロチン破断事故をおこした「美浜原発」があります。
 
 
毎年、警察やら保安庁の警備艇?が監視行動? 私らが仮に不振な行動とっても陸につくまで座礁すると想うけど・・・
 
シュプレヒコ-ルをあげながら、もんじゅゲ-ト前に。
 
 
悪魔の原発は廃炉にするぞ! 危険な原発は要らないぞ!すべての原発を廃炉に追い込むぞ!
      再処理工場も廃炉にするぞ!核燃料を阻止するぞ!放射能から市民を守るために闘うぞ!全国の仲間と連帯して闘うぞ!     

 
 
中嶌哲演さん
 12月8日の事故は、敗戦後50年に起こりました。それをさかのぼる4年前のこの日真珠湾攻撃がおこなわれ、長崎にプルトニ
ウム原発が落とされました。同じ12月8日はお釈迦さまが菩提樹の下で悟りをひらかれた日でもあります。わたし達はどちらの道
を選ぶのか、もんじゅを押し進める滅びの道を選ぶのか、共存するいきとし生きる道を選ぶのか。
 高木仁三郎さんは、もしもんじゅが爆発事故をおこせば、プルトニウムを拡散すれば日本列島の半分近くが、居住不能になるだろ
うと旧もんじゅ訴訟で証言されました。東芝・日立・富士・三菱重工のメ-カ-、大林組・前田組・太平建設・熊谷組等々のゼネコ
ン。そして高速炉にこだわる、経産大臣・文科大臣・電磁連会長、そして経済界。ふるさとを、さんだつした人々を許すことができ
ないと訴えられました。
 
福武公子さん(新もんじゅ訴訟団弁護士)
講演「もんじゅを安全に運転することはできない」
1980年ごろの当時の動燃の夢として、発電設備がない実験炉「常陽」でプルトニウムを燃料に熱を取り出す実験をはじめました。
その前後して、世界で高速炉の研究がすすみますが頓挫します。唯一フランスの原型炉であるフェニックスが73年運転を開始しま
すが出力異常事故により停止。原因は不明のまま。98年にナトリウム流失事故を起こし、紆余局所を重ねながら2009年廃炉と
なっています。
政府はフランスと組んで高速炉の研究を続けるとの見解を明らかにしましたが、原子力村の住人からも、「アストリッド(高速炉)
はほぼ頓挫している、形は地震に弱いタンク型で国民の税金を使うのは如何なものか」などの、いろいろな角度からの批判がありま
す。小池東京都知事の愛読書である「失敗の本質」に書かれてある、一度決めたら方向転換ができない、誰も責任をとらない、なん
となく戦争に突入してしまった。をくり返してはなりません。

 
管直人さん
福島原発事故がどういうものだったのか?
事故当時、こうだったのかと言われていたことと違うことが解ってきています。午後2時の津波直撃から3時間後には1号機がメル
トダウンを始めていたことを東電をも認めています。15日の朝東電に管さんがのりこんだその時、4号機の使用済み燃料プ-ルの
水は蒸発を始めていました。アメリカが一番気にやんでいたのが4号機です。定期点検中で大量の熱を出し続けるホッカホッカの燃
料がプ-ルに残っていたらです。一日に80トンが蒸発します。たまたま隣にあった貯水槽に水がまだあり、(普段は水を抜きます)
それが作業が遅れ水を抜いてませんでした。隙間からプ-ルに流れ込み、なんとか助かりました。
 
 
20日に政府はもんじゅを廃炉にする決定をおこないます。