「廃止しよう!戦争法、とめよう!
  辺野古新基地建設」関西集会3・27
      屈しない!沖縄・辺野古新基地建設NO!
                                
於 中之島中央公会堂
公会堂満席の1250席を超えています。2階席まで満杯でした。
昨年戦争法案が安倍政権によって可決され、辺野古への強大な基地が立てられようとしている。原発の再稼動を国民の声を無視し
て再稼動されています。

 
裁判所は沖縄県と協議をするよう勧告しましたが、沖縄の主張に数センチも数ミリも譲歩するつもりはありません。何故この時期
に彼らは和解に応じたのか?一つは
7月の参議院選挙。沖縄ではすべての自民党議員が落選するのではないか?という危機感。沖
縄県の県会議員選挙が
6月。それと伊勢志摩で5月にサミットがあります。訪米のたびに積極的というより従属的な立場から「辺野
古への移設を」っとくり返す、安倍こべ政権。オール沖縄の存在は、のどもとに刺さった棘のようになっています。日本の民主主
義を守る沖縄の闘いを聞きました。

 
沖縄県名護市長 稲嶺 進さん 講演「辺野古新基地を止める! 名護からの訴え」
辺野古の海へ基地はつくらせないをかかげて当選された稲嶺名護市長。ところが歴代の市長は容認でした。10年間で1千億円の
振興予算というアメ。市民、県民は、地元企業、地元商店街はうるおったのか?そのほとんどの金が本土から来た企業、ゼネコン
に吸い上げられました。県内の政治情勢が少しづつ変わり始めました。

 
翁長知事が前知事の工事推進を取り消したことにあわてた国は、防衛省が国交省に訴える形で取消処分の撤回をはかりましたが、
これは野球に例えるなら選手と審判がおなじ土俵で試合するのと同じ。結果は見えている。目にみえてひどすぎる。その結果が和
解を国が受け入れた要因か。安倍は「自分が決める」と云う。なんでもできると思っている。

 
「辺野古新基地反対」とは稲嶺さんは言わなかった。反対では次がみえないから「新基地は造らせない」という強い意志を示され
ました。戦争法も同じように「廃止しよう!」という今国民が訴えることが大事です。

95年の少女暴行事件がクロ−ズアップされたことにより、当時の首相橋本&モンデ−ル会談では辺野古の話はでていなかった。
翌年突如辺野古への移設が発表。市民の世論は二分されました。自治体を跳びこして町、自治会への恣意的な予算の流用が続きました。

 
敗戦後の6年後、サンフランシスコ条約ににより殖民地から独立。昨年独立を祝う式典が東京でありましたが、沖縄のことなど頭
の片隅にもない。沖縄は米軍にさしだされ軍事政権下で27年生活を強いられました。軍部のトップは「ねずみは猫が許す範囲で
しかうごけない」と発言していた。周知されてきた事実ですが、国土の0.6%に74%の軍事基地がある。嘉手納基地が返還さ
れることで0.3%の基地占用がへります。これが国の負担軽減策です。強襲襲撃艦が着岸できる港の新設等、老朽化した基地が
使えなくなったからの移設と言えます。世界遺産に登録されてもおかしくない辺野古の海。

80%以上の県民新基地反対です。民主主義が生き残るために負けられません。

 
本土防衛の捨石とされ、県民・軍人含めて20万人、非戦闘員だけでも15万人。沖縄の人口の1/4が犠牲になる地上戦を経験
した沖縄。軍部の独走が戦争を引き起こしたことは明らかです。国の行き先は危うい。戦前回帰。平和を愛してきた国として70
年以降が危ない。
           負けない方法、決して屈しない。勝つまであきらめない。沖縄につづこう。

 
ジャ−ナリスト 青木 理さん 講演 「いま一番恐れていること」
現翁長知事はもともと沖縄自民党の重鎮。なぜ変わったんですかって「直」に聞かれたら、2007年の教科書検定のなかで「沖縄
戦での軍の関与を削除するという動きがあり、県議会では2度の意見書をだし10万人の署名も集まった。当時は第一次安倍政権。
文科省が安倍の歴史観をうけて動いたと云われました。史実さえ捻じ曲げてしまうのかというのが最初の怒り。
 
もう一つが2013年4月28日。政府主催の「主権回復の式典」この日は稲嶺さんもおしゃったように沖縄では「屈辱の日」と
長く云われています。沖縄に対する最低限の配慮、最低限の教養・知識がまったくないということ。長くつづく自民党政権のなか
で、小渕・橋本・野中etc 最低限の知識・配慮をもっていた政治家がかつてはいた。カミソリといわれたタカ派の後藤田正晴など
は晩年はハト派といわれた。これは彼が変わったのではなく世の中がおかしくなりハトにみえだしたから。
 
翁長さんが若いころ後藤田さんとあった折、「わしは沖縄には行けんのじゃ、申し訳なさすぎて行けん。顔向けができない」と。
現政権には、それすらない。翁長さんは「わたしが変わったんじゃない、本土の自民党が変わった」とおしゃったそうです。
 
 
 
埋め立てるには法的なことをクリア−しなければなりませんが、国は手続きをふむことがない。例えば設計変更には市と協議が必要
ですが、反対を表明する市をとおりこして仲井真前知事にもっていく。官房長官は法治国家とよく云うが、放り投げるホウチでは
ないか。シュワブ基地の近くには河川があり、埋め立てるには河川変更を市長に求めなければならない。許可が必要。
無視して強行すれば、放置国家。        

 
照屋 寛徳 衆議院議員(沖縄2区)             
                       兵庫から 北上 哲仁さん(右)5.4憲法1000人集会実行委員会
                       奈良から 崎浜 盛喜さん(中)奈良−沖縄連帯委員会
                       京都から 仲尾 宏さん (左)反戦・反貧困・反差別共同行動in京都
 
青木さんが沖縄で賛成派住民に取材すると、「条件付の賛成」といわれる。「どうせやられる、国には最終的に。あるいはアメリカ
との闘いに勝てるはずがない」と。つまり「賛成する沖縄県民はいないということ」
かつて銃剣とブルト−ザ−で土地を奪われた沖縄県民の苦渋の選択ではなく、選択肢はなかった。

 
「抑止力と地理的優位性」が沖縄に基地を固定化する理屈ですが、オスプレイは輸送機です。なくなったら抑止力にヒビが入るのか。
沖縄の海兵隊8000名が全世界をかけまわります。常駐していません。マスコミを通じた本土の人たちのすりこみにはヒビが入っ
ています。日米が狙っている、自衛隊を強化し「肩代わり」させることが水面下にあります。