ハンセン病問題のこと 正しく知ってますか?      言いたい放題・もの申す   迷惑通信

             電通合同平出正人さん「言いたい放題・もの申す迷惑通信」より転送

語り合おう、真実の話  

『国立療養所 長島愛生園 ・ 邑久光明園訪問ツア−

 
  島に渡る邑久長島大橋が架かるまでは、わずか30m海峡が入所者を社会から離絶し、苦しめていました。長い間世間から離
 絶され、離島だった長島に1988年、入所者たちの強い要望により16年の年月を経て橋が架けられました。この邑久長島大
 橋はハンセン病療養所と社会を一本の道でつなぐことになり「人間回復の橋」と呼ばれています。橋を渡るとそこは、放射能も
 排気ガスも騒音もない、潮騒と緑の木々に囲まれた瀬戸内の美しい島です。と同時に長島は困難と闘った人々の歴史を伝える島
 でもあります。 

 
 
 【収容桟橋跡・入所者はここから上陸した「本名も故郷も家族も捨てて」】           【収容桟橋跡】
収容桟橋は家族との別離の場所であり、多くの入所者がこの場所で故郷を思って涙した。この桟橋は入所者専用で職員等の利用す
る桟橋は別の桟橋だった。島内においても隔離は徹底されていた。
 
【収容所(回春寮)・入所者はここで身体・持ち物すべて消毒され、入所手続きが済むまで約1週間ここで過ごした
  (写真上)】

 療養所とは名ばかりの、入所者の全員が「無期懲役刑」の刑務所のような歴史をもつ所です。『親や兄弟姉妹と離れ、名前を変え、
生きている事、存在すらも消され、生涯療養所の中に閉じこめられ、子どもをつくることは許されず、死んでも故郷の墓に帰れない」 
遺伝病として堕胎や不妊手術が強制的に行われ、死後の病理解剖の確約を入所時に取らせていた。収容所(回春寮)、収容桟橋跡、
等訪問し説明を受け胸が締め付けられる思いでした。国の誤った政策のため今だに続く差別と偏見。入所者やその家族は長い間、
想像を絶する苦しみに耐えてこられたことを私自身の目と耳でほんの少し知ることができました。

 
【長島愛生園納骨堂・死んでも故郷に帰れない遺骨】
日本の国の祖国浄化のために強制収容をされ、世の中に持ち得る才能を発揮する機会も与えられず、名もなく散っ
ていった人たちが、心安らかに眠れますように・・・。

『深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない』 
人を犠牲にしなければならない国があるとすれば
          それは人を人として認めない国でしかないだろう!

 
【瀬戸内の風景 放射能も排気ガスも騒音もない、潮騒と緑の木々に囲まれた瀬戸内の美しい島です。と同時に長
島は困難と闘った人々の歴史を伝える島でもあります】

     『深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない』
 
 【夜の交流会 浪速の歌う巨人 パギやんこと 趙 博さん】
 
 @    「癩予防ニ関スル件」(1907年) A旧「癩予防法」(1931年) B新「らい予防法」(1953年) 

の三つの法律のもとで国がハンセン病患者に何を行ってきたのか?「絶対隔離、絶滅政策」のもとで、断種や堕胎、
過酷な労働、懲戒検束など想像を絶することが、療養所内で平然と行われていました。そこでは、女性たちの意思も
人権も全てが奪いとられているのです。まさに女性に対する暴力そのものです。「ハンセン病患者をすべて強制隔離
し、たとえ治癒しても社会に帰ることを許さない」、国がとったこの政策こそが今日のハンセン病問題すべての根源
ではないでしょうか。
3つ目の法律が廃止されたのは1996年です。1907年から89年間続いた人間としての
誇りと尊厳をズタズタに切り裂いた隔離政策。今もハンセン病については国民の多くが病名として認識しつつも、患
者・家族の実態、経緯、問題点について十分な理解が得られないまま、偏見や差別が現存し続けています。

 
ハンセン病問題はこれからの私たちの社会を考える上で大切なことを教えてくれます。それは「すべての病む人が安心して生きて
いける社会を作ること」です。ハンセン病問題を契機として、私たちは社会全体で健常者も障害をもつ人もお互いに人間としての
尊厳や自由を尊重し合って「ともに生きる社会」を築いていく努力をすることが求められています。

最後に2014年6月20日、厚生労働省の正面玄関前で開催された「らい予防法による被害者の名誉回復及び遺族の日」式典での
遺族代表者の挨拶の最後の部分を紹介しておきます。(発言者のお母さんは2003年81歳、お父さんは2011年91歳で亡くなられました)

 

−前文略−  

いま、わたしの両親に慰霊の言葉を語るなら、どのような言葉があるでしょうか?

わたしはこう言いたいと思います。
もういいよ。なにも苦しむことはないよ。子どもたちは、あなたたちを罪人(つみびと)とは
思っていません。あなたたちを罪人(つみびと)に追いやったのは「らい予防法」という国
の法律がそうさしたのだよ、と。罪を負うべきは、この法律を作った人たちだよ、と。

お父さん、お母さん、あなたたちになんの罪もありません。そんなふうな言葉をわたしの
両親に、この慰霊碑の前で語りたい。