能登ピ−スサイクルは、27年間走り続けました。
                                            7月25日(土)〜27日(月)
 能登ピ−スサイクルの歴史から

 関西・中部・北陸の3電力が珠洲市の寺家と高屋地区に原発を誘致する計画が75年に浮上します。当時、地元の合意形成は自治体
の役割とされ「能登はやさしや土までも」と謳われた土地柄ですが、市長・議会・地元の業界団体はすべて推進派。「過疎化脱却の切
り札」飲ませ食わせの視察旅行、一部の人の利権、金儲けに、温厚な地元の方々もキレます。

  
 今では珠洲市会議員をされている北野進さんが、市長選挙に立候補され、当選まで後一歩と迫りました。ところが関電は民意を無視
して高屋での立地可能性調査を開始。35日間の阻止行動を住民がやり遂げました。市役所内に40日間反対派が座り込みを続けるな
どの闘争が組まれた時期でもありました。

  
当時の写真 漁港ぐるみで反対、共有地には原発いらんの立て看板が立てられました。

土地を守る(共有地運動)海を守る(漁業権を放棄しない)集会・デモ、学習会等をかさね当地の反原発運動は盛り上がりました。
海外では86年にはチェルノブイリ原発事故、国内での原発事故続発を政府も隠しきれなくなっていく時代でした。

 
月光仮面がピ−ス〜                     イエイエ、日焼け予防の完全装備でした。

 珠洲原発反対運動の特徴の一つが全国のたたかいとの連携をあげておられ、「理論」が苦手な当時の若者が、体を使った「反原発運
動」というか、「体力一本勝負」で始めたピ−スサイクル。ここまで振りかえると、一年に1回だけ能登半島から大阪まで「原発いら
ん!」と走り、訴え続けたことが何かプラスに働いたのかしらん?と疑問も覚えますが、毎年温かく迎えていただいた皆さんには、
感謝、感謝です。

2003年、年末に珠洲原発計画は撤退に追い込みました。

 
 私たちが走り始めた頃、半島の中央に位置する志賀町には原発の建設が始まっており、闘いの象徴となる「団結小屋」での交流では
「止めるぞ!能登原発」が合い言葉でした。(後に名称を志賀原発に改称)稼働した1号機は、トラブル続発、過疎化を止める切り札
と喧伝される成果もないどころか「臨界事故」を8年間隠していたことが発覚。福島第一原発1号炉と同型のマ−ク
1型でもあり、
「隠し、だまし、嘘をつく、北陸電力」が、街を情宣する時の常套アピ−ルとなりました。

 
                              志賀原発反対闘争の支柱 多名賀さん
 2号機もトラブルつづきで、運転直後に電気を発生させるタ−ビン羽根に358枚にヒビがあることが発覚、運転をつづければ巨大
な羽根が建屋を突きやぶり…
etc 毎年のように3・11までミスをくり返しています。2006年には金沢地裁判決で稼働中の原発
では初の「差止め」を勝ち取っています。

3・11後の2012年6月、あの北野進さんが原告団長となり「志賀原発を廃炉に!」訴訟を続けています。 
昨年から始めたカラフル風船を挙げて さよなら志賀原発。もういいかげんに廃炉にしろ!!
 
志賀原発抗議文
抗議文の受取を今年も拒否。警備員さんはひと言も発しません。    まだ、こんな看板が立っています。
 
PRセンタ−への案内板 昨年原子力防災訓練がおこなわれました。     本当に志賀原発はもうやめよう!
   
ピ−ス隊に景色を眺める余裕は・・・
  
撮影者の注文により、笑顔でピ−ス。             重量オ−バ−? 自転車がまがって見えます。
  
つら〜                           隊長、余裕の笑顔ではありません。泣きそうです。

  
かと想えば、完全余裕しゃくしゃく             休憩地点で飲む水分、くだものは最高です。
  
2000億にせまる改装工事中の志賀原発
  
                              本日の走行終了。お疲れさまでした。
  
涼んでいるのではありません、イエ少し涼んでから「内灘闘争」を学習します。
  
占領されていた時期、朝鮮戦争が勃発、米軍に弾薬を売って内需を拡大したい産業と政府が内灘の地を「射撃場」に提供しました。  
「金は一年、土地は万年」を合い言葉に、からだを盾にした女性たちが勝ち取った歴史です。
  

  
宿舎のサイクリングタ−ミナルの夕焼け            交流会には石川県平和センタの中村さんと前内灘町議の水口さん
                              が駆けつけていただきました。
  
毎日のように「戦争放棄」と街道にたたれています。ピ−ス隊もすこしお手伝い
  

  
石川県への「申し入れおよび要望書」 毎年お世話になっている安全対策室の上野次長「もう来ないで〜」と内心つぶやかれているかも

  


  
北陸電力への申し入れ及び質問書               今年もお疲れさまでした。