さよなら原発 さよなら戦争 全国集会
      - NO NUKES NO WAR -  のもよう
                                   
於 代々木公園
  
 オ-プニングから
 中村光男さん (被ばく労働を考えるネットワ-ク)
 2012年11月被ばく労働者を放置できないと立ち上げられた。福島第一原発では7000人の労働者が働いています。第2
原発の労働者をふくめると約10000人の原発労働者が働いているわけです。国直轄の除染地域では、2万人に及びます。自治体
の除染地域を含めるとすでに4万人が被ばく労働に携わっています。その半数から6割が地元の方なんです。避難民の方もたくさん
原発や除染で働いています。それ以外に全国から北海道、東北6県、北陸、九州、沖縄まで、食べるために生きるために被ばく労働
しているわけです。被ばく労働者の相談を受けるのは私たちと現地に労働相談センタがありますが、原発で働く労働者は年間50mSV
5年間で100mSV。法令上は、これ以上の被ばくは許されていない筈ですが、現実には1年間に15~20mSVの被ばくを余儀なく
されています。人間の体はさほど変わりませんので、当初文科省が20mSVまではいいんだっと。それに多くの被災者が中心になって
1mSVに。でも被ばく労働者はあびざるをえない。

 
被ばくの影響について40年から50年にわたる原発擁護のなかで、13人しか被ばくの影響による労災が認められていません。一
番低い人で5mSVで労災を認められています。(白血病) それとあまりにもひどい雇用状態。東電が集計したアンケ-トですら3
割の方が派遣法違反や偽装請負の元で働いているといわれています。除染はもっとひどいわけです。相談の電話では、すべての人が
失業保険すらもらえない。私たちが原発のない社会をもとめる。あるいは被災者の命や暮らしをささえている。廃炉や再稼動であれ、
そこで働かざるを得ない労働者が、どんな環境で働いているかは隠されている状態です。一人一人の労働者が声をあげていえる、相談
できる、東電の中でどんなことが起きているのか把握しかない。東電のことなんか100%信じられないからです。信じられないよう
な労災死亡事故がおきている。高所作業で案全帯もつけずに転落する。死亡した方が元請ゼネコンの安全担当の監督であった。これを
許していたら私たちが原発のない社会を求めているとき誰が廃炉にするのか。今は従来の労働者にくわえ、非正規で働いてる若者たちです。
わたしは2011年からいわき市にかよってますけど、今感じるのは働く人の宿舎が増えている。そして被災者の仮設住宅。はっきり
いって隔離です。自分の想いを話すことができない、地域にでていくことができない。労働者も働いている身分をかくして、宿舎に隔離
されている。東電と国にあきらめずに声をあげると同時に、福島で被災している方、全国で避難している方、そこで働いている方が本当
に声をあげられるように。みんなの力で福島に行かなくてはならない。福島で声をあげられる社会を作っていきたいと考えています。
 今後ともよろしくお願いします。

 
 
集会に先がけ、福島訪問報告です。..?
まず向かったのは、先月避難解除され帰還が進められている楢葉町。震災前の人口は7800名。とんでもない事故が起きて、半分
でも、その半分でも戻れるよう除染をして土を入れかえ、昨年オ-プンした「ここなら商店街」除染作業者でにぎわっています。
 
「自然と科学が創造する豊かな郷土」とあります。もともと農業が基幹産業。木戸川、井出川では毎年6万匹以上のサケが取れました。
 
震災直後は労働者の宿舎になっていましたが、先ごろオ-プンしたサイクリングタ-ミナル。裏手には労働者の仮宿舎が乱立しています。
 
道の駅「ならは」休業中です。広大な敷地は今、双葉町警察が借り上げ。休憩中の若いおまわりさんに聞いてみました。彼らも今回
持参したポケット線量計と同じものをつけています。除染をおこなう労働者もみな同じもの。安価であり、実績があるということで
しょうか?日立製。年間線量は管理されていると思うけど、詳しくは知らないとのこと。心配ではない?と聞くと、全国から応援に
来ているので大丈夫だと想うと話された。見た目でそれとわかる若いおまわりさんばかりが業務にあたっておられます。
 
不案内のため町をウロウロしていると道も途切れるような山道で、警備のおまわりさんに声をかけられました。誰でも出入りでき
るようになり、不審者対策でしょう。でも助かりました。人影はまだ、まばら。
 
東電が建てたJヴィレッジ。今は福島第一原発の廃炉や周辺の除染の基地となっています。
 
忘れてはならないのが福島第2原発。町にあります。遠映です。関係者以外は数キロ先から進入制限されています。「原発を抱える
町」として住民の1/4が関連企業に勤めていました。東電は安全に燃料を冷やし続けていますと主張し続け、再稼動は国のエネルギ-
政策次第だと言い、国は東電が決めることだ、と。2Fを廃炉と決めないと安心して働くこともできないのでは?と。やっぱり思います。
 
次に向かったのが、居住が制限されている富岡町。駅はすでに解体され、被害をうけた住宅はそのまま手づかず状態です。

 
                         今でも東北電力所有の電柱には「こどもたちの未来のために」とあります。

 
 
要所には空間線量計が設置されていますが、          お花やお供え物はたえない。

 

巨大な仮設施設がゼネコンの手により浜辺に建設されています。仮置場は満杯でした。

 
大熊、双葉、浪江の帰宅困難地域。幹線道路を通りましたが、家々は閉門。持参した線量計が一気にはねあがり故障かと思いました。

 
一時帰宅される住民を案内している方の線量計 よく見えませんが累積4μSvあります。お話をお聞きしたのがお昼前の10時すぎ。
8時半から待機されているので業務終了の4時半には12μSvを超えます。また空間線量計は方向により4μSv/hを超えています。 
そもそも帰還にあたる基準としてポケット線量計の値を基準とする国の方針ですが、理解できない。生活圏では放射線をは四方八方
からあびざるを得ないことは素人でも理解できる筈。後からくる放射線は体に吸収させとけってかい。
2時間滞在の累積線量が2、3μSv。少しビビッた。   アンダ-コントロ-ルしている人が模範を示してもらわないと。

 
象徴となっている双葉町の標語「原子力明るい未来のエネルギ-」   対面する場所にあった双葉厚生病院。

 
2年前に訪れた南相馬の小学校。児童はボ-ルをけっていました。
 
やはり以前訪れた飯館村役場。近くに除染した土などの廃棄物を焼却する施設が立てられています。もちろんバグフィルタ-付で
放射能もれは万全のハズです。近くには、この7月オ-プンしたにコンビニも。
 
除染が終了したことを示す旗がポチ、ポチ
 
福島の問題をどう考えるか?起こってしまった事故は元には戻らないことは誰もが共有できます。もし経済政策の目標がケインズ
がいうように人により人のためにあるのなら、人の命を第一義として捉えなければならない。国の政策のために帰還させるのでは
なく、人の話に耳をかたむけ、人の痛みに共感する目をもち、さしのべる手をもつことから政策を考えなくては。「福島を取り戻す」
「日本を取り戻す」という上から目線の政策には、人より国力が優先。人々から幸せを奪い取ることに通じると感じます。
 
海岸まで数キロあります。                 毎日、当地で放送されている放射線情報 

 再び、さよなら原発 さよなら戦争 全国集会 
                 野外音楽堂 集会の記録
 
落合恵子さん
 無念、でも泣いてても変わらない、祈っても変わらないのなら思想と姿勢で表していきましょう。夏目漱石が芥川に出した手紙に、
「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んで行くのが大事です。」 とありました、声を挙げ続けていきましょう。

 

 

澤地久栄さん
 原発の後始末のために働いている人たちは、命をかけて仕事をしているわけですが、政治家は自分たちのコントロ-ル下にあると
東京に引きこもってしまいました。日本の伝統として、責任ある地位にある人は絶対に責任をとらない国。この国は平気で棄民をし
ます。安倍さんの支持率は30%を割らない。労働組合ももちろん頑張ってもらいたいけど、シュプレヒコ-ルで声を挙げることが遠慮
があると言った人も、7月には一人でやった、と。
「アベ政治を許さない」のポスターを全国一斉に掲げようという呼びかけ)
次の世代、その先の世代に「非常に不幸な戦争」がみまうに違いない、アメリカは待ってたわけです。人のつながりを強くして安倍さ
んの支持率を何とかして20%以下にしたいですね。そうすれば政治は変わります。私たちがやらなくて誰が政治を変えるんですか?今
の結果にガッカリしないで希望をもっていきましょう。

 

 
河合弘之さん (冒頭 映画監督です、ときどき弁護士もしていますと挨拶)

日本は世界の平均でみると130倍の確立で地震が発生しています。一回の原発による事故で国が滅びる可能性もあります。過酷事故
か戦争で滅びるしかないと考えます。あえて連れていこうとしているのが安倍政治です。脱原発の指南の一つ目、再稼動をさせない、
なるべく再稼動を最小限に抑える、遅らせる。そのための手段は訴訟であり、集会であり、デモであり、メディアに対する働きかけ。
 
脱原発候補に一票を入れる。このような運動を今までしてこなかったら今の倍は建ってる、事故だってもっと起きている。毎日闘って
いることで勝利をしていると自信を持つべき。原発のあとは自然エネルギ-。企業は「お金大好き人間の集」ですから、お金儲かると
判れば自然エネルギ-をやります。一喜一憂してはいけません。4月に高浜原発の仮処分をとった10日後に川内原発が動いたとき、
1勝1負でチャラだとマスコミは報じましたけど、10対1で勝っているんです。何故か?高浜を止められた原子力村は動かしたくて動
かしたいのに、まだ一機しか動かせていません。東電なきあとの西の横綱 関電の虎の子を止めたんです。息の長い闘いを続けていか
なければなりません。僕らの闘いは正義の闘いなんです。地方に使用済燃料を押しつけない、安全で暮らしやすい楽しくて豊かな社会を、
求める闘いが、世界の潮流です。全世界の風力発電の設備容量は原発を超えました。太陽光はあと3年で超えます。

 
武藤類子さん(原発告訴団)

東電が起こした事故は終わっていません、今も被害は広がり続いています。ほのかに色づき始めた福島の森はなお美しく、水は
清冽な音をたて流れていきます。野にはムラサキのあざみや、蒼い露草が大地をおおっています。でも森の中の朽ちた樹木に見え
かくれするきのこを食べることはできません。秋の実りをすなおに喜ぶことはできません。もの言わずたたずむ植物たちに、変わ
らず生をいとなむ森や虫やけものたちに何がおこっているのでしょうか。

 
毎日、多量の汚染水が流される海でサカナや海の生き物たちはどうしているのでしょうか。大地や樹木はアスファルトに入り込み、
今も発せられる放射線はあらゆる命に何をもたらすのでしょうか。豊かな命をはぐくむ大地も森も水も風も、深いキズを負ったま
まです。福島県は帰還復興の烈しい流れにくみこまれています。国と福島県は放射線量が充分にさがりきらない地域の避難指定を
解除し、避難者の借り上げ住宅制度の廃止や賠償の打ち切りを当時者の声を聞かないまま決めました。

 
オリンピックにそそがれる莫大なお金で、何人の避難者の生活で保障されるでしょうか。図書館や郵便局やコンビ二にも置かれて
いる環境省の放射線マニュアルには、9の真実に1の噓をひそませています。福島県の小学5年生が全員おとづれることになる放
射線教育施設の完成が近づき、名前も決まりました。小学生のとき「原子力明るい未来のエネルギ-」という標語を作った大沼さ
んは事故後に心を痛めておられました。原発安全神話の次には放射線安全神話がつくられようとしています。この帰還政策は被ば
くへの警戒心や健康不安の声を封じ込めます。放射能があるところ我慢して帰って暮らせということなのです。小児甲状腺ガンは
増え続けています。福島県の災害関連死は、つなみで亡くなった人をはるかに超えました。

 
ふるさとへの郷愁と放射能への不安のはざまで精神の疲れは限界です。福島の事故から、もし事故がおきても賠償は制限されると
いう制度が、経産省の小さな委員会でひそかに決められようとしています。原発を造ってきたメ-カ-やゼネコンは責任を負うこ
ともなく放射性廃棄物の処理で再び利益をあげています。過去の過ちを反省せず、多くの国民の反対を押しきっている今、憲法違
反の安保法案が安倍政権の暴挙によって決められたことと重なります。多くの国民が、涸れ果てるまであげた声を聞かずに決めた
こととも同じです。過酷な被ばく労働は日本中で仕事をもとめる人々の受け皿になっています。今度は兵役がその受け皿になるの
でしょうか。戦争も原発事故も、起きてしまったことから学ばなければ悲劇は何度もくりかえされるのです。犠牲になった人々の
怒りと悲しみは決してなぐさめられはしません。国土を失い、平和を失い、民主主義を失うものは原発と戦争です。人権を侵害し、
命を冒涜し、生きる尊厳を奪います。ボンヤリとうごめいていた不穏なものはハッキリと姿を現してきました。

 
私たちは今、自覚しなければなりません。国が子どもを守ろうとしないことを、被害者が切りすてられていくことを、原発関連企
業がその罪を問われないことを、政府が国民の声を無視することを、この呆然とする現実にヒザをつき言葉をなくす市民がいます。
起きあげられずに目をそむけたい朝があります。でも私たちは自分を無力だと想わなくていいのです。戦争イヤだのプラカ-ドを
胸に雨のまえでも国会の前に立ち尽くす何万という人々がいました。年齢や立場、党派をもこえて共に闘う人々がいました。原発
事故の被害者たちは共に手をつなく約束をしました。全国チリジリになった避難者もつながっていこうと動きだしました。刑事責
任を問わない検察庁のかわりに市民による検察審査会は刑事裁判のとびらを開きました。それは長い間こつこつと平和と原発反対
を訴えてきた人々からつながっています。

 
緑の田んぼをわたるように爽やかに、ふきわたっていく若者たち。子どもを胸にだき汗を光らせマイクを握る戦争反対を訴える母親
たち。そのシンプルで率直な感性とまぶしさが私たちの世代が乗りこえられなかったものを易々とこえていくでしょう。私は彼らの
心優しい賢さに学びたいです。どなな暗がりにあっても、私たちは確かな明りを希望していこう。今は冷たい雪の下にある一粒の種
であっても、やがて一輪の花を咲かせるものたちを心して待とう。私たちは戦争法案にも原発社会にもとじこめられない愛に満ちた
自由なもの達です。そのことをくり返し想い出しましょう。大好きでいましょう。
共に歩むものを大切にしましょう。誰も私たちの想いを止めることはできません。原発も戦争もない世界を私たち1人1人が創って
いきましょう。

 
宍戸隆子さん 原発事故で北海道へ避難

私は原発の在る町で生まれ、原発の在る町で育ち、原発のお金で大きくなりました。震災のとき本当にこわかった。高校生のとき
に大きな事故があって、原発はいらないと想っていた。反原発の活動もしてたんです。だから原発が爆発しそうだと判ったとき、私
は自分を責めました。あのとき頑張って声をあげなかったせいで今回爆発してしまうんだ。そう想いました。私が住んでいる中通り
は小さな町、子どもたちもみんな顔みしりでした。お母さんに一緒に逃げようと言いましたが、偉い先生方の言葉のまえにはたちう
ちできませんでした。北海道に自分の子どもだけ連れて避難したとき、深呼吸しました。北海道の空気はおいしかったです。自主避
難したお母さんたちがたくさんいました。みんな好き好んで避難したわけではありません。賠償金はほとんどでませんでしたから、
お父さんは福島に残って働いている家庭がたくさんありました。忘れられない光景があります。夏休みの最後の夕暮れときのバス停
のまえだったと想います。顔見知りの親子にあいました。「どうしたの?おでかけから帰ってきたの?」「お父さんを空港まで送っ
てきた。」顔は笑っていました。でもその親子の後姿がすごく寂しげで、声をそれ以上かけられませんでした。4年半の歳月は小さな
子どもたちから福島の記憶を消しさっています。古里は北海道になっている子どもたちがでてきています。福島でがんばっている人た
ちも私たちも原発事故の被害者です。自主避難者、強制避難者のあいだには壁があります。なさけないです。憎むべきは人間ではあり
ません。罪を問うべきは原発であり、原発事故であり、その政策を進めてきた国です。ここにつどってきていただいてる人たちが、私
には心強いです。必死に子どもたちを守るために避難した人たち、それだけで精一杯です。私は原発があぶないと知っていながら、そ
れを許してきた罪があります。私は声をあげます。一緒に声をあげてくれるみなさんがいるからもっとうれしいです。私たちの行き先
を見つめてください。私たちの未来はひょっとしたらみなさんの未来かもしれない。どうか一緒に声をあげてください。

 
野呂正和さん (川内原発増設反対鹿児島共闘会議)

まだ終わったわけではありません。2号機が10月に再稼動をめざしているわけですが、蒸気発生器を昨年の5月から8月の間に
変えるという約束を、経産省と県とやってきたのにやっていません。三菱重工はアメリカで欠陥商品をおさめ廃炉となっています。
10月12日、午後1時 鹿児島中央駅前で再稼動に反対する全国集会をおこないます。私は、「除染をする法律を作って100%
それをしてから再稼動を言え!それから子どもたちを含めて切れたDNAをつなぐ法律をつくり、その処方も示してから再稼動を言え!
責任を言え!」と言います。できないのなら原発を動かすな。

 
上野千鶴子さん(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会)

安全保障関連法案に反対にする学者の会は、名称から(案)をとりまして、「安全保障関連法に反対する学者の会」と改称しま
した、闘いは続けます。反安保、反原発、反基地の闘争が今一同に大合流するひびきが、私の耳に聞こえます。それに反知性、反
理性に対する闘いが加わりました。それが学者と学生の闘いです。なぜか?この大合流の原因は敵が1人だからです。わかりやす
い安倍だからです。今回の闘いでは立憲主義という言葉が日本中に定着しました。学問の世界にしかなかった言葉が国民の日常の
口にのぼるようになった、学問もたまには役にたつ。憲法学者も役にたった。立憲主義とは私が国の主人公だという考え方です。
これを広めてくれたのは憲法学者と安倍でした。

 
わけても学者と学生が共闘できたことに私は特別の考えをもっています。私は70年安保闘争世代です。あの時、学生と学者は対
決しました。私たちは闘って負けました、深い敗北感と政治的なシニシズムのもとに沈み込みました。私たちの世代の後姿をみて
いた後続する若い世代は、やっても無駄、バカなことをやって自滅した奴等と冷笑的な視線を向けました。これを政治的なシニシ
ズムといいます。中には純粋まっすぐ正義君などといって正しいことを言う人々を揶揄する言い方すらうまれました。
 
しかし2015年夏、この経験は40数年間にわたる政治的シニシズムを一掃したと私は確信しています。議会の配置が変更がな
いまま、どんなに運動しても議会のなかでの結果はみえていました。だが誰もあきらめなかった、それどころか日に日に路上にで
てくるひとが増えていった。まっとうなことをまっとうに口にしてもよい。そういう時代がきました。大江さんは80代です、澤地
さんも80代です、瀬戸内寂聴さんにいたっては90代です。私はあの人たちがスピ-チをされるたびに後輩として胸が痛む。どう
ぞ先輩のお兄さまお姉さま方安心して引退してください、あとは私たちがお引き受けしますから。とは到底言えない。こんなにふが
いない後輩で御免なさいと言うしかない。あの方々には申し訳ないけど、死ぬまで頑張ってくださいと言うしかない。そして今高齢
になった私たちは後から来る世代に、こんな日本に誰がしたと詰め寄られています。このあと奥田君がスピ-チをしますが、今20
代の彼らはも言うんだ。あと10年か20年したら後からくる世代に、こんな社会に誰がしたと、詰め寄られるのです。私たちはこ
んな情けない社会を引き渡さなくてはならないのでしょうか。

 
福山哲郎さんが国会の最後のスピ-チで言ったように、試合には負けたが、勝負には勝った。正義と義がどちらにあるかを全国民
が目撃しました。私がSEALDsの若者たちが言ってくれたことばで、今年は戦後70年ですが、殺し殺されない平和を維持してきた
のは自分たちの先輩たちが、平和とこの憲法9条を維持してきてくれたから。自分自身も自分の子どもも、これから先の、戦後70年
を絶対に経験したい。といってくれました。私たちの闘いは終わりません。民主主義はいまや国会のなかではなく、国会の外にあります。
この次の戦後70年、それを迎えることができるかどうかは私たちにかかっています。がんばりましょう。

 
奥田愛基さん(SEALDs)
 自分たちが突然でてきたとは僕は想わないんですね、一方でこの社会は若者は無関心だとか政治的ばなれだとズ~トと言ってきた
気がするんです。今考えたら、それを言うことに何の意味があったんだろうと想います。たぶん意味ないんです。デモなんてやって
も意味ない、声あげても意味ない、市民なのに、主婦なのに、お前は学生なのに、サラリ-マンなのに、何言ってんだ、何を一所懸
命なんだと。おれは言ってやりたい。そう言うことが意味ないんだっと。連想して悲観的になっているのもいいけど、そろそろ自分
の頭で何か考えて、何か言ったほうがいいですよっと。だってAもBもありますよねって言い続けている人って本質的に何も言って
ないんです。

 
何かものをいってくださいと最近想うわけです。戦争法案でないという人たちがいます。戦争法案という法案はありませんっと。
平和安全法案って名前もどうかと想いますけど。福島瑞穂さんが国会で「戦争法案」といったとき安倍首相は訂正を求めました。
続きがあります。福島事務所で、どのように訂正したらいいですか?って聞いたら「戦争に関する法案ですって訂正してください」と。
戦争につながる法案はOKらしいです。なので堂々と言いたい。これは略して「戦争法案」です。戦争したくないというのは利己的
だって発想が今の自民党のなかにあるんではないですか。集団的自衛権を行使してアメリカと兵站活動をしないと、PKOでも銃を使
わないと、ダメだと考えてる人たちが多いから、こんな法がでてくるんじゃ。憲法学者はブッチャケ政策に関心ない人たちが多いです。
 
でも憲法学者がこれだけ怒ってるということは、よっぽどの欠陥があるわけなんですよ。改憲の人たちも怒ってるのを自民党の人
たちは自覚したほうがいいですよ。今、保守とか革新とかを超えちゃってるんですよ。この政権がなかったらこんなことなかったと
思います。翁長さんだって元々自民党です、仲井真前知事の選挙対策をやってたのは彼です。その翁長さんが怒ってるわけです。
 
2011年ぐらいですか、こんな集会を遠目で観てて、「何やってるんだろう」って思ったわけです。戦争反対なんて、こんなに
平和なのにみたいな。でも、いまこそ戦争反対と言わなければならないと思います。今こそ憲法守れと言わなければならないと思
います。安倍政権に辞めていただきたいと私は本当で思っています。近況報告なんですが、まったく悲壮感がないんです、これだ
けやって。何でなんだろうって、採決されたとき、朝5時まで僕たちやりました。2時に通ったあと、終電がなかったからですが。
新年を迎えた朝のような気がしました。それは法案が通ったことはマジかもしれないけど、新しいやり方や世代を超えて闘える準備
が、我々にはすでに出来ている。政治政党を超えて、信条を超えて、保守・革新を超えて、改憲も護憲も超え、われわれは安倍政権
を倒す。ありがとうございました。

 
主催者発表で2万5千人 お疲れさまでした。