戦争をする国づくりにNO!
       東アジアの平和確立を!
   敗戦70周年・日韓条約50周年企画

                 講師 白井 聡さん
            
     主催 ヨンデネット大阪(日朝日韓連帯大阪連絡会議)
7月15日安倍政権により、戦争法案が衆議院で強行採決された日に白井さんの講演となりました。白井さんは政権は追い込まれている。
諦める必要はまったくないと断言されました。以下、講演の抜粋です。なお、スクリ−ンに写して解説される予定でしたが、それが
できず他の集会で白井さんが使用された写真をHPで流用しています。
 

3.11以降 この国の問題がハッキリと見えて来た。
鳩山政権の退陣劇 選挙の結果として日本国民の意思が示されましたが、米軍基地の県外移設。アメリカから見るとちゃぶ台返し。
両国の意志が衝突した時に、日本は意志を貫き通せないことが明らかになりました。負けたということ。当時のマスコミは延々と
鳩山さんの政治手腕を非難するだけ。大メディアで日本の意志が負けたというマスコミは皆無でした。そのレベルに議論を萎縮する
のは、実質的な政権交代は許されないということに白井さんは気付かれました。日本の議会制民主主義の本体が明らかり、負けを見
たくないという共通認識。敗戦なのに「終戦」と言い直す。その後
3.11が発生。それは笠井潔が言っている「戦争指導者層の妄
想的な自己過信と空想的な判断、裏づけのない希望的観測、無責任な不決断と混迷、その場しのぎの泥縄式の乱発・・・これらのす
べてが、2011年の福島原発事故で克明に再現されている」
強烈なディジャブ(既視感)に。
 
丸山真男が満身の怒りをもって書いた「無責任の体系」
戦争指導者を逮捕して取り調べたとき、誰一人として「戦争を始めた」とは言わなかった。お前の立場はどうだったんだと問えば、
「反対だったんだけど、もう反対と言える感じじゃなかった」と全員が全員言う。自分の罪を軽くするために嘘を言ったことではな
い。みんな判ってた、アメリカと戦争やったら負けると。長期的には絶対負けると。何となく戦争に突っこんで行った。これにより
日本の間違った国家主義はいっそう悲惨なものとなった。

 
戦後という時代は何であったのか?
「間違った戦争をしてしまったという後悔、反省にたって平和を守り民主主義を大事にし、その努力の見返りとして反映を享受す
ることができた。・・戦後というのは良い時代だったね」無責任の体制は克服されてきたという・・建前」

 現実は
もうちょっと運が悪ければ、日本全国で日常生活は壊滅している。4桁単位の使用済核燃料棒が冷却不能にたちいたっていたなら
ば、東日本がダメになる、国家としての滅亡。そうならなかったのはタマタマ。丸山真男の無責任の体系は、克服したどころか、
この国のど真ん中にあると言われます。日本国民だけで310万の命を奪った、人食いマシンがど真ん中で動き続けている。その
本質とは、一言で言えば「実質というものを閑却(
いい加減にほうっておくこと)したシステムの自己維持運動では。
国民の生命・財産を保護するのが国家の存在意義であるとされています。
ところが、あの戦争の時の日本がどれほど異常だったか。他の全体主義国家と比べても数段異様だった。神風特攻隊の作戦に見ら
れるよう。実質が完全に忘れられている。システムが自己目的化する。代表例が国体護持のために無意味な戦争を継続した。
戦争
指導部だって早々に降参するしかないと判っていた。300万の死者のうち200万は最後の一年に集中している。軍事的には最
後の1年はまったく意味がない。一方的にやられただけ。国体を護持したい、敗戦は必至である。国体を護持しながら敗戦するに
は、どうしたらいいんだろう、どうしたら・・・。小田原評定がつづく。

 
なんで変わってないんですっか? 
 戦争の負けを誤魔化してるからでしょう。戦後の核心は敗戦の否認だろう。(心理学の概念)判っているんだ、知っているんだ
けど、現実として認めていない。都合の悪いものは見なかったことにしよう。日常生活だと、よくあること。日本は敗戦という大
きな出来事を否認してきた。あの戦争は負けたことは誰でも知っている。負けたけどさ・・負けたけどさ・・。

否認という心理が戦後レジ−ムの全体重がかかっているのではないか。
「敗戦の否認」のロジックは、日本が負けてないのだとすれば、大義も、勝利の可能性もなかった戦争を始めたことの責任を、誰
も取る必要はないし、反省する必要もない。負けたことを認めてないので延々と負け続けることになる。3.11の発生は、その
ような負けの一つです。すなわち永続敗戦だと。
敗戦のプロセスが終わってないから敗戦後でも実はないのでは・・・
 
米国によって旧支配層が免責され、再登用される。傀儡勢力として日米合作の作業として。それを可能にするには「敗戦」をでき
るだけ曖昧にしなくてはならない。冷戦構造を背景にして。日本を民主化の徹底よりも反共の砦とする。そのためには元ファシス
トでもいいじゃないかと。それがいつから始まったのか、8.15から。玉音放送には敗戦の文字はない。のちに原稿を書いた人
が注意ぶかく避けたと証言しています。  
敗戦の曖昧化
戦争は天災であったかのように。それが完成するのは、驚異的な日本の経済的な成功。実質的に敗戦を帳消しをすることに成功。
80年代になるとソ連や中国の一般的な生活水準は圧倒的に日本が上まっている。戦勝国と敗戦国がどっちかわからない。
 

本土決戦をやらなかったのと国体維持は裏表の関係にある。ドイツのように本土決戦をしたら終わり。ご政断によってありがたか
った?沖縄の地上戦を見れば判る。良かったねでは済まされない。これ以上の犠牲を犠牲を国民に強いるのは耐えられないと天皇
を頂点とした指導層が考えたからではない。
  最大の動機は「本土決戦やったら国体維持ができなくなる」 
寛大な賠償と速やかな経済復興
日本人の努力があったのは間違いないが、戦後日本を豊かにしてやろうという、アメリカの強烈な意志が働いたから。日本を共産
陣営に走らせてはならない。単にソ連陣営にいかれるだけでなく、日本の工業力がソ連陣営にプラスになる。不満がでないように。
対日処理、懲罰するべきだとの声もあったが。第一次世界大戦の戦後処理がナチスを生んだ反省から。介在的要素として。

本当の最前線は韓国であり台湾。
強烈な反共政権。社会党が有力な政党が地政学的にできたか?合法的な社会主義国家ができてはあいならぬ。最前線でなかったから。
抑圧的な強権的な政権が出来ていたら、日本は敗戦の意味をかみしめた筈。属国化されることの厳しさ悲しさがつらさが、日本人は
より自覚されたはず。なんだか相対的に自立したようにみえる議会制民主主義の国会があるように。最前線でなかったから特権を享
受できたとも言える。

 
例外は沖縄

冷戦の最前線という位置付け。返還後も米軍基地が居座り続ける。敗戦の否認をするための一種の装置が沖縄。暴力としてのアメ
リカを見ないですんだ。戦後のアメリカは二面性を持つ。ハ−ドパワ−とソフトパワ−。ある国がある国を従属させるときには力
と文化。占領軍としてのアメリカ。アメリカの圧倒的なアットホ−ムなカルチャが洪水のように入ってくる。巧妙なのは暴力とし
てのアメリカを忘れるようになっていった。50年代には砂川闘争に代表される暴力のアメリカが見えたが、沖縄に基地が集中す
ることにより見ないですむようになった。アメリカが暴力的でなくなったのか?なんでもおとなしく言う事を聞きますから暴れる
のは他所でやってくださいっと。暴力としてのアメリカを巧みに回避するということをやってきた。

暴力としてのアメリカが再び日本に向けられるかもしれない事を、想定外になっている
あの戦争で日本を打ち負かした暴力が再びこちらに向けられるかも知らない。ある種隠微な形で向けられているんだけども。想定外
になっている。何の準備もなく、抵抗もできない。 冷戦構造という前提があって成り立つ。異様なレジ−ムができあがっている。
アメリカにはひたすら従属する。アジアには・・ 安倍は朝貢政策。安倍は敗戦の否認の権化なのに。俺たちは負けてねえんだ。ワ
シントンのど真ん中で、世界の中心に負けてないんだと、度胸はなく。和解がテ−マ。和解の印として、太平洋戦争の激戦地、パ−
ルハ−バ−、バタ−ン。アメリカ人がいまだに根をもってる地。ここではひどいことをしたといっている。だったら広島・長崎には
何も言わないのか。日本人は根にいまだに持っている。相対的イメ−ジは「私たちが悪うございました」と言ってきたに等しい。こ
れだけ屈従をするのは新段階?

 
許しを乞い愛を求めにいった。愛してくれ、自衛隊を全部差し出すから。
アメリカに負けたという事の帰結を無限に認めるわけです。無制限に。他方で俺たちは負けてねぇんだと言いたい。ストレスはアジア
諸国に対して向けられる。蛮行はなかった、過少評価の動機は敗戦の否認。さすがに日本は勝ったとは誰も言えない。負けたけど、そ
んなに言われることはしていない。侵略戦争の定義は決まってない
etc。バックにアメリカがいるから。オレのバックには強いお兄ち
ゃんがいるもんね。お前達はアメリカがバックにいる前提ぬきに俺たちと話したことないだろう、だから信用されない。孤立する。
親密といっても対等のた関係ではないから益々東アジアで孤立する。従属するゆえに孤立して孤立するゆえに従属する。世界に類をみ
ない対米従属ができがった。