3.11 放射能汚染の現実を超えて
   子どもたちの未来と大人たちの責任
             講師 小出 裕章さん
            〈報告〉水戸 喜世子さん(こども脱被ばく裁判の会・共同代表)

                            主催 さいなら原発尼崎住民の会
 

小出さんは3.11以後、反原発の論客としてメジャ−?になりましたが、以前から市民運動に深い理解を示されています。約40
年の助教生活の大半を、原発止めなければ!と奮闘されてこられました。この3月、大学を退官されてからも講演依頼が引く手あま
たです。

 
小出さんと水戸さん。会場からの質問に丁寧に答えられます。お二人のアップを撮ろうとすると、どうしても代表の(広畑さん)下
のように光源があいません。当日は370名をこえる尼崎市民がつどいました。

 
「原子力緊急事態宣言」が事故直後発令され、現在まで解除はされていません。マスコミを含め福島の事故を忘れさせよう考えて
いるとしか思えません。残念ながら福島の事故は収束していませんし、汚染も止められていません。
始めは小出さんの講演から。3.11から4年半で風化が見られます。自分で理解して、理論を深める機会を提供いただきました。 
1号機が水素爆発したとき、振動で2号機の建屋に穴があき、2号機は爆発を免れました。しかし事故で放射性物質を世界中にまき
ちらしたのが2号機です。1〜3号機までが運転中でした。4号機は燃料棒はぬき取られ燃料プ−ルに保管中でした。が、建屋が吹
き飛ばされ冷やす為の電源はなく、危機に陥りました。当時の原子力委員会委員長の近藤駿介は東京まで住めなくなると報告しています。
 
広島で燃えたウランは800g、原発が1年間運転すると1トンの放射性廃棄物(死の灰)が生まれます。広島原爆の1000発
分の死の灰をふところに抱えていく機械が原発であることになります。民主党政権の野田さんは「事故収拾宣言」をだしましたが、
緊急事態宣言は解除されませんでした。その後の安倍さんは「アンダ−コントロ−ルしている」と世界に宣言しましたが
解除はさ
れていません。現在、環境への放出放射能は法律で定められた基準を3桁うわまり、人びとは汚染地に棄てられたままです。
何故ならば、今でも法的には「緊急事態」であるから。小出さんはこれを犯罪と言います。
 
毎日60トンの地下水が建屋に入り込みますが、それをタンクに貯蔵する以外にありません。いずれ敷地の容量を超え、海に流す
しかないという破綻シナリオが見えます。作業をするのは東電が丸投げした多重下請、ピンハネされた労働者が担っています。
原発は事故を起こす前から、本社社員は指導、被ばくは下請への構図は変わっていません。
 
セシウム137という福島で核分裂で生じ、放出された「死の灰」の分布。東北は高い。しかし西日本や北海道はあまり色があり
ません。ところが偏西風で運ばれたセシウムは北半球やアメリカ大陸に広がりました。原発事故では、逃げる場所は見つけられな
いという現実です。

 
みんなに生活があります。寝て、起きて、職場に行き、子ども達は学校に行ったり遊んだりが。それが根こそぎなくなってしまう。
10万人以上の人達がが強制的に居場所を追われいまだに帰れません。本当だったら水も飲んではいけない放射線管理地域のなか
での生活を強いられて、赤ん坊も子どもも被ばくし続けられています。これから何十年も続きます。

 
東北・関東地方にばらまかれたセシウム137の総量はたった750g。ペットボトル1本分にもなりませんが、目に見えない、
においもしない、感じることができない「原子」である死の灰は、煮ても焼いても消えません。半減期(30年)を待つしかあり
ません。除染は必要ですが、置く場所を変えることしかできない為、小出さんは「移染」と言いかえます。
 
悪いことをした奴は、しょっ引いて処罰してくれる法治国家だと日本は言われています。東電に「お前の原発は安全だ」と許可を
与えた自民党政権ですが、自分が作った法律を反故にしているという自覚が彼らにあるのか。
 
上の図は、被ばくによる年令別のガン死数。1万人当たりの確立をしめしています。30歳を超えると低下します。50歳を超える
とガンで死亡したのか、寿命かの区別がつきにくくなります。反対に赤ん坊〜10歳時までの細胞分裂が著しい成長期に被ばくした
場合の危険度は増します。

 
昨年の大飯原発運転差止訴訟判決を読み上げあげられ、「命と金を比較の対象にするな、何より命が大切なんだ!多額の貿易赤字
がでようと、これを国富の流失や喪失とみるべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根をおろして生活していることが国富であ
り、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」との解説に、会場から拍手がやみませんでした。 
原発が絶対に破局的事故を起こさないと言ってきたのは「推進派」です。その彼らがつくったのは「規制基準」。「安全基準」で
はありません。その彼らが「安全とは言わない」と言いますが、政治の場になると「安全性が確認されたから再稼働する」と言う。
また、事故がおきれば「誰も責任をとらなくてすむ」となります。    右上の図は福島での死の灰落下を、高浜だとしたとき

 
無責任体制これに極まれりが、確立されつつあります。

 
西欧やアメリカ大陸には巨大地震が起きた場所には原発●が立っていません。日本の国土は●と赤丸印で見えません。

 
東日本大震災は広島原発30000発分のエネルギ−が放出されまました。地震はコントロ−ルできません。

 
「私たちの世代が生み出した汚染水という毒をたれ流す装置、原発のリスクは、責任のない子ども達に潜み続けます。これから生
まれてくる子ども達も汚染を引き継いでいくしかありません。未来に対する犯罪。原発は都会をさけて過疎地に建てられています。
危険を承知で原発を都会に建てるのなら容認する余地があります。かつての戦争時、大部分の人は戦争に協力しました。大本営発
表しか流されませんでした。部隊が玉砕したら、転戦したと発表されました。悪かったのは軍部で、私たちはだまされたと言い訳
することになります。戦争の反省をしたのかと不安になります。日本の原発は大丈夫だと政府は言いました。マスコミも大丈夫だ
と宣伝しました。だまされたという言い訳が成り立つかもしれません。だまされたから無罪だと思えば、きっとまただまされます。
未来の子ども達から福島の事故が起きる前にどう生きてきたのか、福島の事故が起きてしまった今、どう生きているのかが未来か
ら問われます。『非力だったけど、こうやったんだ』と子ども達に伝えられる人間でありたい」と話を終わられました。

 
引き続き水戸さんのの報告
今年、6月23日福島地裁において「子ども脱被ばく裁判」の第一回口頭弁論が行われました。
突然文科省が、学校の校庭の被ばくは年20msvでいくと発表し、お母さん達が立ちあがりました。でも通学路の基準は変わって
いません。県下では年1msv以下の処を探すことが困難です。
今年5月までに、甲状腺がんの手術をした子どもが126人。チェルノブイリの場合は、IAEA(国際原子力機関=国際的な
原子力を推進する機関)が被ばくによる甲状腺がんを認めるまで10年かかりました。

 
福島では2011年からの1年間で心臓病でなくなった人が28人増えています。IAEAは認めませんが。今福島に残っている
人達は家庭の事情、仕事の都合、でるに出られない方々が多数。裁判が必ずしも解決してくれるものではないけれど、何か訴えな
くてはいられない気持ちから始まった裁判。

 
福島県の親子216名(自主避難者含む)が子ども脱被ばく裁判に参加しています。
子ども人権裁判=現在、福島県内の小中学校に通う子どもが原告になり、小中学校の設置者である市町村に対し、憲法で、子
どもたちに被ばくの心配のない安全な環境で教育を受ける権利が保障されることの確認を求める裁判です。

親子裁判=原発事故のあと福島県内に居住している子ども(事故当時高校生以下及び事故後に生まれた子ども)とその保
護者が原告(自主避難者含む)。国と福島県に対し、
子どもたちの健康を守る義務があるのに、原発事故後、子どもたちを被
ばくから守ろうとせず、無用な被ばくをさせ、子ども及びその保護者達に筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を与えたとして慰謝料請
求をする裁判です。情報の隠蔽、安定ヨウ素剤を飲ませなかったこと、年20ミリシ−ベルトまでの被ばくを強要したこと、山下
俊一氏らを使い県民の放射能への警戒心を解き、無用な被ばくをさせたことなど。
 
ふくしま集団疎開裁判ブログ        
20分という時間制限があり、充分なご説明を拝聴することはできませんでしたが、水戸さんは学生時には物理学を専攻。夫の
反原発市民運動を牽引されてこられた水戸巌 芝浦工業大教授の意志を受け継ぎ「科学者よ、声を上げよ」と「反原発運動」に取
り込まれています。
 
スタッフのみなさん 下のTシャツは「市民の力(チカラ)」と書かれてます。けっしてカタナカの「カ」ではありません。
 
「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」小出さん、水戸さん、とスタッフが田中正造の生涯
をつらぬいた魂のことばの横断幕と共に。