「戦後レジ−ムの危機と永続敗戦
〜「敗戦の否認」が引き起こしたことは何か〜」

                                        2.28 白井 聡さん講演

一昨年、出版された「永続敗戦論」。驚嘆しました。戦後史を敗戦の否認と対米従属から観ると、今の「厭な空気」をつくってい
る正体がみえたような気がしました。氏は4月から京都精華大学に赴任されます。注目の若手論客の講演報告です。

 
ソ連邦の崩壊によって、資本主義の発展に「言い訳」がいらなくなました。冷戦構造のなかでは、双方が自分が優れていると主張
することで、社会主義が掲げる理想をある程度取り入れなければいけませんでした。平等や再分配や福祉など。実態ではなく理想
として。
 
戦後レジ−ムからの脱却と言うかぎりは、戦後が今も続いているということ。他方で戦後は終わっているとの実感もあります。
焼け跡から、後悔と反省をもとに戦後の日本は再出発をし、平和と民主主義を基して経済大国となることができました。大勢の日
本人が共有している歴史感覚。が、90年前後のバブル崩壊あたりからの今にいたる「失われた20数年・・」の間に、平和と反
映が掘り崩されていってるという焦燥。                         

 
上の左は脱原発の何万人ものデモ。一応、近代日本は明治以来「万機公論に決すべし」を建前としてきましたが、一度決めた根幹
政策に国家は、あらゆる反論に耳をかさず、異論を排除してきました。戦後の原発導入はその象徴です。エネルギ−政策の転換を
求める運動は、現代日本のありようを問う運動にならざるを得ません。
 
対局にある象徴が、「きれいごとは要らない、本音をだそう」のヘイトスピ−チ。基本的人権を尊重しよう、は敗戦で押し付けら
れたものであるから。共通するのは、このままではいけないという事。
鳩山政権が「少なくとも県外」と進めた米軍基地の移転は、どれだけ日本国民の意思が示されても、米国の国家意思と衝突した時
米国の受容内でしか民意を反映できないという現実が示されました。
  
8月15日は終戦の日、国民にとっては最も重要な日として記憶されている。しかし国際的には9月2日が降伏日として記録され
ています。敗戦ではなく終戦とのすり替えが直後から進行。

見たくないものは見ない。負けたことの否認、不都合な事実は無視する。が、戦後の政治体制の本質となってしまった。負けをも
たらしたシステムを改革する必要がない。
アメリカは日本を統治するにあたって、これから殲滅の対象である社会主義者の手先or
唾棄すべき旧軍国主義への加担者のどちらかを代理人とするかの選択を迫られました。選択肢はありません。
存在的無責任の体系が今も社会の中心として機能します。負け認めていないが故にダラダラと負け続ける。これが永続敗戦。

 
敗戦は誰もが知っている事実ですが、戦勝国のソ連や中国より豊かな戦後を送った日本は実質的な勝者の立場に立つ事ができました。
 
米国への忠犬保守公とアジア諸国への高飛車な姿勢と無神経(731部隊が中国で何をしたか)
 
日本の戦後にどうけりをつけるべきか、それは敗戦後の負けたけど、負けていないというレジ−ムの死守することではありません。
今までは、なんとか金だけですませてきたことを、これからは血も流す積極的平和主義に。それは積極的使いぱっしり主義。
 
靖国への閣僚参拝は反米、しかし貴方なしでは生きていけない。アメリカには頭が上がらない。
アメリカしかいないことを強調するためには、対中国への強行姿勢を強化するしかない永続敗戦レジ−ム。しかし、中国とこと
を構えるほどバカじゃないし、もちろん米国が許さない。
引き裂かれた自我の逃げ道は、今のところ中東・・かな。
 
休憩時間に質問用紙を真摯に読まれる白井さん、すべての質問には回答できる時間はありませんでしたが、講演90分と質疑45分。
氏の人柄が、うかがえる貴重な時間でした。
 
希望はどこにあるのか。日本の永続敗戦のなかで例外に置かれた場所、沖縄。世界一危険な普天間基地を無制限に維持するのか、
それとも200年保つと呼ばれている辺野古の新基地を選ぶのかの選択に沖縄は、どちらも嫌だと。これは永続敗戦レジ−ムを
拒否するということ。正しい政治の対立がようやく現れてきています。
有権者として何ができるか。小さな敵に勝って擬似的な勝利に満足してきた革新陣営に、あんたらも永続敗戦なんだと。一方保守
陣営には「貴様ら、それでも愛国者なのか」と突きつけていかなくてはならない。本土の政治の転換の契機がみえてくるだろう。
それほど、事態は急迫しています。今、安倍政権は戦争する国になるのではなく、「いつ、どこで、誰との戦争」への道を突っ走っ
ているからです。