(8.9 長崎原爆の日・平和の祈り!

               大阪電通合同労組 平出正人氏 言いたい放題・もの申す迷惑通信より転送
             『ピース・ブリッジ2014 in ながさき』                          

“核も戦争もない 平和な世界を実現するための 若者のつどい”

  

  
 

被爆者の方々は、「二度と自分のような思いをする人をこの地球上につくらないように、平和運動や証言活動を行っている」と話
してくださいました。しかし被爆者の高齢化により、戦争・原爆投下が単なる過去の出来事として片付けられようとしています。
 被爆者が私達に訴えようとしているものは何か、その思いを考えてみて下さい。

  

  
                                 【実行委員長・郵政ユニオン長崎中郵支部長】
  
    【ピースサイクル全国ネットワ−ク】              【郵政ユニオン近畿地本事務局次長】
  
  講演・西岡由香さん(漫画家・長崎大学非常勤講師)】(西岡さんホ−ムペ−ジ)
                            「いのち輝く未来へ〜原発、原爆、再生可能エネルギ−」

1945年8月9日午前11時2分、長崎市に投下された原子爆弾は、一瞬にして都市を壊滅させ、幾多の尊い生命を奪った。たと
え一命をとりとめた被曝者にも、生涯いやすことのできない心と体の傷跡や放射線に起因する健康障害を残した。これらの犠牲と苦痛
を重く受け止め、心から追悼の誠を捧げる。原子爆弾による被害の実相を広く国の内外に伝え、永く後代まで語り継ぐとともに、歴史
に学んで、核兵器のない恒久平和の世界を築くことを誓う。

                    (国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館のパンフから転載)

【長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼 早朝集会】

 

1910年8月22日、日本政府は「日韓併合条約を公布し、朝鮮を完全に日本の植民地支配下に置いたため、自由も人権も、
さらに貴重な土地も奪われ、生活の手段を失った朝鮮人たちは日本に流入した。その後、日本に強制連行され強制労働させられた
朝鮮人は、1945年8月15日の日本敗戦当時は実に2,365,263人、長崎県全体に下で在住していた朝鮮人は約7万人
という多数に上がった(内務省警保局発表)。そして長崎市周辺には約3万数千人が在住し、三菱系列の造船所、製鋼所、電機、
兵器工場などの事業所や周辺地区の道路、防空壕、埋立て等の作業に強制労働させられ、1945年8月9日のアメリカ軍による
原爆攻撃で約2万人が被爆し、約1万人が爆死した。 私たち、名もなき日本人がささやかな浄財を拠出して異郷の地長崎で悲惨
な生涯を閉じた1万余の朝鮮人のために、この追悼碑を建設した。かつて日本が朝鮮を武力で威かくし、植民化し、その民族を強
制連行し、虐待酷使し、強制労働の果てに遂に悲惨な原爆死に至らしめた戦争責任を、彼らにおわびすると共に、核兵器の絶滅と
朝鮮の平和的な統一を心から念じてやまない。

               1979年8月9日  長崎在日朝鮮人の人権を守る会

  

  
         【みんなで広げよう反核の輪 市民集会】

  
                                   【ピースサイクルの仲間】
  
 【広島からも駆け付けてくれました】              【関西からも・・・】

      【子どもたちの笑顔・本当に勇気づけられます】
  
【いつまでもこの子たちが笑顔で暮らせますように・・・、
                           私たちの責任は重大です!】

  

【みんなの思いがこもった人間の鎖】

  
      【8月9日、若者の平和の祈り、希望のメッセ−ジが世界に向けて発信されました】
  
 
  

  

  
                                     【大浦天主堂】 
  
        【平和祈念像】                         【浦上天主堂】