前田さん出版と傘寿を祝う会 開催
                                              於 エル大阪

皆さま 有難うございました!!

 16才で大阪中央電報局に配属、当時は逓信省。それから半世紀以上にわたって、労働運動にたずさわってこられました。
前田さんの弁によると「紅顔の美少年」でしたが、今はその証人が少なくなって・・・証人になれそうな方々から、貴重な
お話を、120名を超える方々が拝聴しました。

 
                             三木電通合同2代目委員長が初っ端の司会を担当  
70才以下は若輩もの、立ったまま(椅子が用意できませんでした)
 
杉本昭典さん 86才                  
 

 
                              司会の三木さん 山アさん お疲れさまでした。
 
山下現大阪全労協議長              半世紀うらぎる事が一回もなかった、いい男、間違いない。との発言多々
 
垣沼ユニオンネット代表                   中北弁護士(関西共同行動)
 
               半世紀 迷惑をかけっぱなしの奥様と・・(ごめんなさい!サインを求められたファンの方でした)
 
                              山元さん(全港湾大阪支部委員長)
 
                               新開さん 小寺山さん
 
服部前衆議院議員                      共に歩んでこられた中村さん
 
若手も出席、聞き入ることが多いです・・・          同時代社 川上さん

 
縁の下の力持ち。受付もご苦労さまでした。          やはり終盤は誰も話、聞いてない。
 
前田さんのごあいさつ(要旨)

 今日はどうもありがとうございました。実は、この企画は45年前から言われてたんですけど、自分が年代的に調べることが
できるか自信がありませんでした。ところが、その私に火を付けたのが、当時同じように運動をやっていた人に、「有名になった?
左翼の回想録等」を読んで「前田さん、アンタ俺らをだましてたんか」と迫られたり、よく事情を知っている弁護士からこの回想録
は事実無根で名誉毀損である。前田さん訴えるべき違うかと・・そういう経緯があります。

 その後同時代社の川上さんと知り合うことになるですが、事実経過がこうだという手紙を書いた処、川上さんのほうからちゃん
と書いて反論すべき違うかと言われまして。

 もう一つ申し上げておきたいのは、選択を強いられた時に、迷うことが現実問題としてありました。実は61年の共産党からの除名
問題と公安からのさまざまな弾圧があったわけですが、それまで、まだ自分が労働運動いくのか、そのまま研究室に残るのかハッキリ
いって決めかねていました。最後は同志社の恩師との話のなかで、こっちに行きたいと言った時に、行く以上は元に戻れないことを覚悟
していけよ、と言われ、了解もらったという経緯があります。それからは労働運動一本となりました。


 ただ、ここに書いてある文章は、事実として私が受け取ったことは間違いないと示してますが、観る立場によって評価は変わってくる
だろうと思います。この本はいくつかの点で抜けてます。抜けてる処で色んな人から文句を言われました。(
書かんでもいいことを書い
てくれたとの発言もありましたが・・・)
土井たか子さんの秘書をされていた方には、土井事務所をあんだけ利用しておきながら、一言も
・・と怒られた事もありました。
 だけど私としては、流れとして2010年まで書いたつもりですので、いくつかの処は、はしょっている(忘却もあり)というふうに、
思います。
 もう一度キッチリ書く場合は、かなりを戦後運動史として書きたい。
 80になり、従来の立場から、すこし運動行動を変えながら頑張っていきたいと想います。
 今日は本当にありがとうございました。